土地紀念講碑建之
土地紀念講碑は、開墾50年目にあたる大正7年に、開墾先人の御先祖様たちの苦労を忘れないために造られました。
昭和50年に鎌ヶ谷市指定文化財として指定されています。
鎌ヶ谷市北初富に所在する「光圓寺」敷地内に建設されている土地紀念講碑。
光圓寺は浄土真宗大谷派の寺院です。
光圓寺は、初富に入植した浄土真宗門徒の人たちが、先祖と同じ宗派の寺を懇請し、それに答え、光圓寺第24代住職石川玄西が、茨城県豊岡村(現在の茨城県常総市)から現在の鎌ヶ谷市北初富への移転を決意し、創建したものです。
※光圓寺の移転年については、明治37年或いは明治41年と伝えられています。
初富の光園寺(北初富所在)は浄土真宗大谷派の寺院で、東本願寺(京都市下京区)の末寺である。元は常陸国報思寺村(茨城県豊岡村・現茨城県常総市)にあったが、初富に居住した浄土真宗門徒の人たちの懇請により、当地へ移転した。その年代は、「宝海山光圓寺記録」(光圓寺蔵)によれば明治三十七年のことであるが、「寺院明細帳」には、「明治四十年四月二十三日茨城県庁ニ於テ移転許可、明治四十一年一月十二日当所ニ移転ス」とある。檀家は初富の一部である。(鎌ケ谷市史別巻 より)
寺の移転を希望した人々を中心に設立された紀念講の子孫たちが、土地紀念講碑を建設しました。
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